等迦会のあゆみ


 大正11年(1922年)に東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科を卒業した、松本静太郎・大海清三・佐分真・榎本白樺・三田康・佐々木松次郎・鈴木誠・鈴木啓二・飯守好雄・小野藤一郎・熊谷惣太・窪田照三・菅野泉・園部那香・中村武平・長屋勇・原愛造・松本鋭次・光石藤太・三谷浩三・渡辺昇・一木?二郎ら卒業生全員で毎月10日の集まりを持ちました。
この集まりも定着し、展覧会開催の機運も高まっていき、大正15年(1926年)2月、毎月10日の集まりだから等迦会と命名し、東京上野松坂屋に於いて、第1回等迦展が開催されました。
その後第2回展も上野松坂屋、第3回展は東京朝日新聞社、第4回は銀座伊東屋、第5回展銀座松坂屋、第6回展も銀座松坂屋と、第二次世界大戦が始まる頃まで続けられ、会を重ねるごとに充実し、初期の美校生による親睦団体から純粋美術団体へと発展、当時のグループ展としては安定した活動を行ってきました。
 戦中は休会をよぎなくされたものの、戦後、松本静太郎・大海清三が中心となって、存命中の創立会員に新会員を加えて昭和40年(1965年)に再興された。設立当初の大先輩の夢と意思は、後に本会に参画した作家たちに引き継がれ、今までのグループ展から発展し、新進作家に発表の場を提供する公募団体として活動すべく準備が進められ、昭和53年(1978年)第11回等迦展は公募第1回展として東京都美術館にて開催されました。
会場には記念すべき公募第1回展として、新進作家への励みにと、我国前衛芸術の父と言われる瑛九作品の特別陳列や物故創立会員コーナーも設けられ充実した展覧会となりました。
又、当会として瑛九賞も認められました。
 第40回展(平成19年・2007年)から発表の場を六本木の国立新美術館に移し、毎年2月に開催しています。
全国に10の支部があり、支部活動も盛んに行われています。
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